| トップページ | ||||
スポンサーサイト
チェ・ゲバラ命日
たまたま寄った図書館で借りてきた、『ゲバラ最期の時』・・・。
数日前に読み終わりました。
戸井十月さんという作家さんの本なんだけど、チェ・ゲバラのまわりの人々や、処刑される間際に食事を運んだボリビアの女性など他では読めないようなインタビューもなさってて、とてもわかりやすくいい本でした。
超人的な面だけでなく、人としての当然の戦闘に対する恐怖心、死への恐れなども描かれてます。処刑される直前まで助かる道を諦めず模索していた場面とか・・・人間味溢れるチェ・ゲバラを垣間見ることができます。もちろん思想のために死することには少しも臆さない彼ですが。
殺された後の彼の目は誰も閉じさせることができず、その姿はまるでキリストのようだったという描写がでてくるのですが、このあたりは誇張が入っているのかなあと思い、読み進めると、横たわった遺体の写真が載っていました。その姿はまさしくキリストのようで、まるで生きているかの如く神聖なものだったのでびっくりしてしまいました。
そして、カストロとの強い友情。人は一生の間に、こんなにも強い友情を育める存在に出会えるのか・・・?自分に照らし合わせて考えてしまいます。
チェ・ゲバラ・・・会ってみたかったなあ。
彼の人としてのエネルギー、光の温かさをこの身で感じてみたかったなぁ。
先日、
お彼岸の前に、父方のお祖母ちゃんが夢に出てきました。お盆にお墓参りに行ったので今回はなしでということになっていたんだけど、夢に出てきたってことは会いにきてほしいのかなと思って、(時間もあったし)一人でお参りに行きました。原付でぴゅーっていけるんだけど、ちょっと殊勝な気持ちが出てきて、途中の駐車場に停めて歩いて行くことに。40分。坂道はなかなかきつかった~
でもその分気持ちよくお参りでき、お寺で用意されていたお経本も読んでみたりしました。
で、
帰り際、不思議体験!
石段を下りて、坂道を下りかけると、右後ろの木々の方が突風に揺れて、そしてパシパシって大きな音をたてた。急に強い風だなあと思っていたら、ドングリの実が1つ落ちてきて、ころころころ。空いている駐車場を通り越して、私の足もとで止まった。坂道なのに都合よく。それもななめ後ろからやってきたんだよ~
あり得る?!
そのドングリを拾いあげたら、なんだかお祖母ちゃんが「来てくれてありがとね。頑張るんだよ~」って言ってくれた気がして涙が出てきました。
さっき、その飾っていたドングリを見たら、白い何かの幼虫が、もにょもにょ。いつもならギャーってとこなんだけど、お祖母ちゃんの幼虫だから外の植木に放してあげることに。
ここでも、不思議体験。
包んだティッシュを開けるとあれ?幼虫がいない。あれれ?植木に落ちた感触はなかったのに。不思議です。夜だったからかな。
1年間いろいろ考えたり、悩んだりしていた自分。そしてこのお彼岸から、様々な分かれ道やとても良い出会いがありました。そしてチェ・ゲバラの命日の今日、私の新たな人生のスタートが決まりました。
なんだか全てが連鎖して起きている気がする。面接で落ちて縁のなかった会社も、縁あってとても尊敬できる方に出会えたのも、本当にありがたい話です。
時にはわがままだったり、利己的だったりする自分だけど、周りの人々、ものものに感謝して生きていかなきゃなあと強く感じた1週間でした。チェ・ゲバラのように素晴らしい人物にはなれないけど、ほんの少しでも近づけるよう、納得のできる自分になれるように、周りにもお返しできたらいいなあ。
チェ・ゲバラ、安らかにお眠りください。
草津よいとこ一度はおいで
週末に珍しく親にひっついての家族旅行、草津温泉に行ってきました。
今、私も暇してるんでこういうことができちゃうんだよね。と甘ったれてます。
羽田まで飛行機で行って、あとはバスツアー。
草津って遠いのね。っていうか、あんな微妙な場所にあるなんて知らなかったぞ。群馬と長野と新潟の県境だって。ちょっと先にはフジロックの苗場、越後湯沢があるー。
草津温泉はとってもトロリといいお湯で。
宿の風呂→夕食→湯畑を散策(公共の温泉に入る)→寝る前に再び宿の風呂
湯畑の横の公共の温泉はなんと無料!!素晴らしい。白濁色で熱いのなんのって。でもものすごく効きそうな感じです。地元の方々も入りにきているみたい。いろいろお話して楽しかった。ここは朝の5時から地元のボランティアで清掃してくれてるんだとか。ありがたや!
湯畑散策からお宿までは徒歩で15分位。へらへらとしゃべりながら坂をあがる。閉まりかけの温泉饅頭屋で「3つだけでもいいですか?」と聞いたら快くわけてくれた。一つ60円。うま~い。缶ビール片手に饅頭だぁ。
次の日も朝ごはん前と後に宿の温泉に入っちゃった。ここのも源泉のお湯のかけ流しだからとっても気持ちいいんだよね・・・。
軽井沢も近いのね。全く分かってなかったわ。散策してお蕎麦を食べお土産を買ったのだけど軽井沢のジャム屋の多いこと。びっくりだわ。割とあっさり目のジャムで、もちろん高い。
そして今回の旅で驚いたことは、親のお土産の買い方がハンパないってこと。まあ、みんなにお土産を買って行ってあげるというのはいいことだとは思うけど、宅急便で送った後にも山のように・・・。(自分ちの分も多いんだけど)荷物が多くて泣きそうだったわ。もちろんわたしは最小限。笑
伊丹空港でカレー食べて帰りました。父はソフトクリーム食べたいって。(旅行中は寒かったので我慢していた模様)
親と旅行なんてなかなか行けないんだけど、楽しかった。
二人ともいつまでも健康で、いろんな旅行を楽しんでくれたらいいな~って強く感じた旅でした。
『わたしたちが孤児だったころ』
この前の『わたしを離さないで』に続いて、
カズオ・イシグロの『わたしたちが孤児だったころ』を読みました。
時代は主に1910年代から30年代、上海とイギリスを舞台。子供時代の上海で父と母が謎の失踪。主人公は成長して立派な探偵に。心に常に引っかかっていた両親を探すという目的のため、主人公は上海に舞い戻る・・・という話。
アヘン貿易とか共産党とか時代的なものが絡むので状況説明が多く、頭にすんなり入ってくれない。ぼ~と読んでいたら2ページ位、目で追っていただけなんてことがあって、度々読み返す羽目になってしまった。私の集中力にも問題があったのかもしれないけど。
でも、彼独特の一人称の語りという形式が、なんとも曖昧な記憶の真実と虚構を微妙なバランスで保っていた。幻想的な上海の雰囲気・時代と相まって、読み手は主人公の語りの不確かさ(信頼性のなさ)に翻弄される。
う~ん、でもやっぱり『私を離さないで』の方が断然好き!
ラストにホロっとさせられたし、作者の力量ももちろん感じたけれども、この小説の意図が感覚として迫ってこなかったから。こういうのは好みの問題なのか・・・。借りて読んだので、再読はなさそう。
さて、この小説に出てくる一つのテーマに母親との関係性があげられると思うのだけど、最近聴いた曲の中で同じように母との関係をテーマにしたものがあった。歌詞を読みながら聴いてたら、ストレス発散か?と涙が止まらなくなってしまった。
シュープリームス 『I'm livin' in shame』
スラムの小鳩ってタイトルがついてる。POPS調のいい曲で、ママー!ママー!と語りかけてるから、ママ助けてよって内容かと思ったら全然違った
小説 いろいろ
今年の夏は暑さがマシですね
とっても過ごしやすくてとても良く寝てしまいます。
人生の節目には、いつもより長い眠りが襲ってくるらしい
ほんとうか??
あまり、生活リズムを狂わさないように読書しています。
わたしを離さないで カズオ・イシグロ
never let me go
『わたしを離さないで』
カズオ・イシグロ
最近使ってない図書館に久しぶりに立ち寄り、出口付近でこの本に出会った
返却済整理前の棚の中。
世界的に著名な作者、『日の名残り』を描いた人。
一冊も読んだことのない私。どうなのかなと思ったけれど、
ここで出会ったのも何かの運命かなと感じて借りてみました。
介護人として働くキャシーが、施設「へールシャム」でともに育った
友人のトミー、ルースに思いを馳せ、子供時代から現代に至るまで
を語り始める。
とても抑制の利いた、静かな文章。繊細な心理描写。
彼らの戸惑いや悲しみ、いらだち、うれしさや幸福感を一瞬一瞬同時体験させてくれる。
そして心にひっかかる様々な(事)が(真実)なのか、そうでないのか
最後まで読者を飽きさせない。
ミステリに分類されてもおかしくない小説だけど、
それは作者が意図したものではないらしい。あくまでも設定。
うーん。この作家の何がすごいかというと計算されつくした緻密な世界を
静かに語りながら、登場人物の些細な言動が繊細に人間関係に影響する点を
描ききっているところでしょうか。
口に出した言葉、出さなかった言葉、起こされた行動、できなかった思い。
コミュニケーションによって生まれる<信頼>や<友情・愛情>、<裏切り>や<嫉妬>って
表裏一体に成り立っているんだとつくづく考えさせられる。
それは頭の中で妄想された言動、シュミレーションも同じ。
カズオ・イシグロという人は、イギリスに幼少から住み、イギリス国籍を持ち
もちろん英語で作家活動を行っているけど、この表現の緻密さ、繊細さは、日本人ならではの持って生まれた感性なのでは。
タイトルの
never let me go 『わたしを離さないで』
にちなんだシーンが、素敵な音楽を聴いたときのように泣けるほど、
美しい。
決して私を行かせたりしないで。
捕まえていて。
今こうして、感想を描いているとさらに、さまざまな意味が含まれている気がしてきました。
小説を読み終えた今でも、絶対に彼らの立場になることはないのに、自分なら、自分が彼らならどうする?と頭の中でリフレインしてしまいます。
それは彼らにふりかかった現実が、実際の自分には起こらないと分かっていても、現実に同じような感情に襲われる事態にならないとは限らないリアリティがあるから。
自分の人生を「享受する。受け入れること」
なんともやりきれない感情があふれます。
さてさて、
設定の謎についてですが、冒頭に出てくる二つの単語でだいたい察しがつくような。
某マンガ(白泉社)に似ているので、紹介しようかと思いましたが、ネタバレなのでやめておきます。
読んだ直後よりも、後々ずしっとくる、とてもいい小説です。




